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Episode.03
「Star Dust」

 

​――本の中の物語は幾度読むも同じ。

インクで刻まれた文字は変わらない、が。

「鷹が竜を狩るように仕向けたな?」

「ええ。読み飽きてしまったので」

初めて対立した思考。

「混沌を招くつもりか?」

「物語は執筆者ではなく主人公のためにあるものです」

それは異なる一手。

「1.d4 Nf6」

3_01

 

 

「……最終動作確認完了」

先の試合で半壊したグレイホークの修復と改修作業がやっと終わった。

時刻はちょうど正午。

「ライザのリハビリも終わりか」

病院へ迎えに行く時間だ。

機材を片付け照明を消し、第1階層のホテルを後にする。

第3ステージ、つまり準決勝。優勝までの道筋が見え始めていた。

​「始めようか」

3_02

 

 

ライザは半ばヴィクトリアに押し切られる形で入院した。

手続きも費用も出してくれて、聞くに姉妹だから当然、だそうだ。

ただ、ライザの身体が旧型のため在庫が無く、欠損部位は機械移植となった。

エドの迎えが来るまでには少し時間があり、暇つぶしに屋上へ向かう。

「いい感じ」​

3_03

風に吹かれながらライザはふと思い返す。

何故こうなってまで第2ステージを勝ちたかったのか。

夢はなかったし、使命感や義務感もなかった。

でも、あの瞬間は勝ちたかった。何のために?

右腕の中に映った自分の姿を眺める。

「お嬢さんからは、」

そんな悩みをしていると言葉が投げられ、思わずそちらへ顔を向ける。

「恋の香りがする」

 

3_04

 

 

異様な雰囲気だった。

「こんにちは、私はアナリス」

同じ生き物に感じない。まるでトルソーがひとりでに喋っているようだ。

こちらの反応を待つ気もなく、ラジオのように言葉を流す。

「でも残念ね。お嬢さんの彼は私達の皮をかぶった"人間"なのは」

暗闇を秘めた眼でライザを憐れむように覗き込む。

それも観察する様にではなく、ただ目に映して遊んでいるようだった。

「そういう意味では私は先駆者なのかしら?……さてさて、此処での用も済みましたし」

去り際に意味深な一言を残す。

「また逢いましょう」

3_05

 

しばらくするとエドが迎えに来た。

遅刻に文句を言いたい気持ちもあったが、先程聞いた言葉が気になって口に出る。

「……エドは、"人間"なの?」

いつも即答するエドには珍しく、返事までややあった。

「世界で1件らしいな。シンカーの身体への人間の移植成功例っていうのは」

ふぅと溜息をすると存在しない眉間に指を当てる。

「誰から聞いた?」

「えと、確かアナリスって」

エドは誰にも聞こえないような声量であいつと一言つぶやくと深く息を吐いた。

「少し歩こうか」​

3_06

 

 

病院の裏にある緑道。

木漏れ日の模様がきれいな道を歩みつつエドは喋りはじめた。

「……かつて俺は大量破壊兵器の技師だった」

振り返らずに、

「悪の手先と言えばそうなのだろうな。当然、抵抗勢力もいたし、むしろいる方が健全だ」

淡々と。

「ただその破壊工作を受け、俺は背骨を除いた身体全損。蘇生はとても不可能な状態になった、が」

手をひらひらと振って今もなお動かせている事を見せる。

「どうやら移植手術が行われた。それには同僚のシンカーの亡骸が使われ、脳の記憶転写も同時にした」

成功率は0らしいが何故かこうして生きてる、と付け足した。

「日陰の話だ」

3_07

 

 

塔の太陽光反射板が午後の道を照らす。

「その後、俺は国を出てここへ来た。その時にアナリス達に匿ってもらった」

「達?」

ライザは思わず聞き返す。

「旦那がいたんだよ、人間のな」

「異種族結婚かー」

浪漫ね、とライザは思った。

「ああ、あれがアイツの旦那だ」

ぽつんと石が置いてあった。

いい夫婦でよく笑うヤツらだったと懐かしみながら言うと、少し語気が濁って続けた。

「もう会う事はできない」

 

3_08

 

 

試合当日。

第3ステージの対戦相手はアナリスだった。

あのタイミングでの接触だ、予想はしていた。

問題は彼女が何故姿を現したか、だ。

エドが人間というあの言葉で動揺やチームの不和を生む算段だったのだろうか。

そもそも最愛の人を失った彼女の夢は何なのだろうか。

ライザが考えていると音声回線が繋がる。

「ご機嫌ようお嬢さん。彼の過去はわかって?」

「……だいたいは」

「あら、あの子無口だったのに」

​「目的は何」

 

3_09

 

 

既知の仲の口調に苛立ちを覚えた。

「適合した貴重な身体よね」

「……っ」

ゲートが開き、真空のステージが広がる。

試合開始のランプが点く。

置かれている状況から彼女の願いを想像する。

自分と同様の者がいて、しかし自分とは違いパートナーは生きている。

憎悪や嫉妬などがあってもおかしくはない、と。

「エドに何かするつもりなら!」

加速地点を終えライザは戦闘態勢をとる。

「いいえ。私の夢はシンカーという種族の、」

アナリスは幽鬼のように手を向けた。

​「滅び」

3_10

 

 

アナリスの機体、デスペラードローズに武装は見えない。

しかし、いざ正面に立ってみると心臓を掴まれたような感覚がある。

「コントロールパネル・ハッキング、

コンバージェンスポイント・ロック、

光学粒子を変換と同時に収束開始…」

アナリスの声が呪詛のように響く。

漠然とした、何か良くない事が起きる前のような雰囲気が周囲を覆っていく。

「……放て」

その単語とほぼ同時にライザは本能的に動いた。

「抜刀」

3_11

 

 

一瞬の出来事だった。

刃が光撃を裂いていく。

試合前に見た彼女のデータ、対戦相手が尽く完走出来なかった理由がわかる。

「こんなのを人に…!」

直撃すれば蒸発は間違いないだろう、己が振ったとはいえ刀が耐えてくれたことに感謝する。

病院の屋上で出会ったのはこれの最終調整のためだろう。

おそらく第1階層にある塔群の太陽光反射板を利用した簡易光学兵器。

遠距離武器の"搭載"は違反であるこの大会の盲点を突いた戦い方だ。​

「きれいな星空ね」

「この…!」

「すこしお話しましょうか」

3_12

 

 

再び撃ってくる気配はない。

が、ライザは警戒を緩める気はない。

「お嬢さん、私達シンカーは転生の輪に囚われた種族」

アナリスは喋る。

「幾度となく転生し、永遠の愛を誓った相手とは違う人をまた永遠に愛す誓いをする」

無機質だが同時に哀しそうな声色で。

「仮に輪の外の人を愛したとして、同じ土に還る事は決してない」

諭すような口調で。

「それはおかしくなくて?だから私の夢はこの輪廻を」

しかし、圧がある。

「終わらせること」​

3_13

 

 

何か言い返したいがライザには言葉がなかった。

仮にエドがいなくなった日常、その時自分は何をするか。

彼の一生を本にするか?

毎日彼を悼むか?

しかし果てに待つのはその想いも上書きされる未来。

遅かれ早かれアナリスの結論にも辿り着くだろう。

​ただ、刀を握り締める事しかできない。

答えが出ないまま圧縮熱を浴び降下してく。

「……」

3_14

 

 

沈黙は不意に打ち破られた。

空宙、アナリスの指の先、キラキラした紙片のようなものが舞った。

「データチャフ。じゃあねお嬢さん」

それをカメラが捉えた瞬間HUDはノイズに浸食され、視野データの接続が次々断たれていく。

音声や位置情報などのデータも次々にエラー表示を起こしていく。

データ攪乱用の装備。

しかし、それは逆にライザの思考を加速させた。

「グレイホーク、私の『眼』を使え!」

頭部装甲が展開する。

「SYSTEM REBOOT」

3_15

 

 

首に端子が突き刺さり、身体から情報を直接吸い上げる。

義眼はシステムへと視覚を送る。

冷気が頬を撫で、鼓動はエンジンにリンクする。

ライザには彼女の解を否定できなかった。

が、今の自分自身を見て答えを手にする。

「……誰にどう見られようと関係ない!」

直後、2つ目の光が輝く。

地上からその光景を目にした者は皆呟く。

​「光の柱」

3_16

 

 

ライザは光撃をすれ違うようにして距離を詰めていく。
掠めた右脚が消失する。

「あなたの夢は否定できないけど、それが私の夢を諦める理由にはならない!」
舞い散る粒子が装甲に穴を空け、肉を焼き、骨を穿つ。
だが、手が届く距離へ。
「でもあなたのこと1つだけ尊敬してる、他人に何を言われても自分を貫こうとするところ!」

​中段の構えを取り斬撃を出せる態勢を作る。

「だから私は私の夢を叶える!私の夢はエドの夢を叶えること!彼の事が好き!だからこれは」
残った左脚を伸ばす。つま先で敵機の首をホールドする。

その脚にそって刃を走らせる。太刀筋に迷いはない。
一瞬、アナリスが笑った気がした。

「間違いじゃない」​

3_17

 

 

数日後。

ライザはまた病院にいた。

ライザはまた勝ったのに病院にいるのか、と自分で呆れていた。

ロビーで放心状態になっていると不意に声をかけられた。

「あの、選手の方ですよね?サイン貰えますか」

この頻度だ、スタッフに顔を覚えられるのも無理ない。

と思ったが、問題はその顔だ。心臓が跳ねる。

「アナリス…!?」

「ええと、初めまして、私サラと言います!この間生まれました」

他人の空似とわかり一気に気が緩む。

「そっか。私も最近なんだ」

ペンを滑らせる。

「おそろいね私たち」

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