
Episode.02
「Princess Brave」
その訪問者はヴィクトリアと名乗った。
ライザをどこかのお姫様にしたような容姿で、連れは柄の悪そうな人物で対照的。
彼女は自ら次の対戦相手だと明かし、ライザと対談をしたいがために来たという。
対談場所はここではなく、別の所の方が相応しいとも。
車の行き先を聞いてみると不敵な笑みで答えた。
「行き先は秘密」

停車した場所は第4区画の第2階層、ヴォル博物館。
ここには古今東西の膨大な量の所蔵品と秒単位で収集されるデータが展示されている。
銃を携帯していた雰囲気からは想像もできない所に連れてこられていた。
「あなたの夢は自分の過去、だそうね?」
予想外の問いかけに驚きつつも肯定するライザ。
今日は貸し切りよ、とヴィクトリアは嬉しそうに前置きした。
「さあ、行きましょう」

「……シンカーにも色々あってね」
ヴィクトリアは語りだした。
「私はTC社の第2世代・レオーネ型の身体」
その口調は子供に何かを教える感じに近かった。
「あなたも同じくTC社製の身体。ただし、今や絶版した第1世代のエリザベス型のね」
「……じゃあ、私がお姉ちゃんってこと?」
「ええ、私は妹ね。生きてる時間は姉さんより長いけど」
廊下を歩きつつライザは行き先を見つめていた。
「不思議な感じ」

最深部。
そこには保存液に浸った各社の原型が展示されていた。
「エリザベス型はレオーネ型の発表と共に回収・廃棄された。姉さんはその取りこぼしね」
TC社と書かれたプレートの展示品の前で立ち止まる。
「そしてこれが姉さんの原型。私たちの身体はフィギュア感覚ってわけ」
ライザは目を見張る。
「きれい」

一通り歩き、館内カフェに到着した。
「……さて、これで姉さんの過去を知るっていう夢は叶った」
その言葉でエドはこれが策だった事に気づく。
「次は私の夢の番よね。姉さん次の試合、棄権してくれないかしら?」
夢が叶ったライザにはもう戦う理由がない。
「私の夢はシンカーだけの国を作ること。自分達のために生きていける世界、」
ヴィクトリアは亀裂のような笑みを浮かべる。
「好きなだけ、ね」

試合当日。
歓声が沸いている。ヴィクトリアとその愛機がその中心にいた。
実況者が叫ぶ。
「選手入場!綺麗な花には刺がある、茨姫・ヴィクトリア!」
現れた彼女の表情は涼し気で、しかし瞳の奥には嵐の予兆が確かに宿っていた。
「そして、その進行は百万の兵にも止められない!牙を鳴らす蒼き龍、」
剣士鎧のような機体も同様に目に光が灯る。
「インディゴドラグーン」

「……対するは」
実況の声は続く。
ライザは出場していた。
あの日、ヴィクトリアの提案を断った。
優勝の約束があること、なにより夢は使命感の産物ではないこと。
レイラとの出会いで得たものこそが理由だった。
実況者の声が響く。
「疾風と共に現れた今大会のダークホース、その名は!」
スポットライトが行く道を照らす。
「グレイホーク」

試合が始まる。
降下が開始され、ライザは控室へと秘匿通信を繋いだ。
「……ねえ、エド。全てのシンカーの為って考えると断ったの、本当に良かったのかな?」
自信のない声にエドは背中を押す。
「あの時お前は他人の駒になりかけていた。自分の人生の主役は自分自身だ」
ライザは小さく頷いた。弱気な少女はもういない。
「いってくる」

自由落下区間。
ヴィクトリアは考えていた。
何故ライザが第1ステージを突破できたのか。
機体スペックはレイラの方が上だったはずだ。
ドローンの映像では、序盤の真空環境下では大差があった。
ということは、映像外かつ大気圏内で何らかの手段で急速に加速したということだろう。
「……姉さん、そろそろか?」
高度計に目をやる。
「高度300km」

高度計の数字が高速で下がっていく。
自由落下区間を終えたライザはヴィクトリアが遠い事を確認する。
眼前には雷雲。通常なら避けて通るところを躊躇なくその中へ飛び込んでいく。
HUDに文字が高速で羅列され、後に機構解放とだけ表示される。
「私に力を貸してグレイホーク、」
豪雨の中で、放電索のない灰色の鳥が紫電を纏う。
「限定解除」

ヴィクトリアは待ち構えていたつもりだった。事実、しっかりと何が起こるか想定していた。
しかし、ソレの速さは予想の上をいく。接近注意警報ではなく衝突警告が鳴った。
驚愕。そして高揚。
「決勝戦までとっておきたかったけどっ!」
反射的に機体を反転させ軸線を合わせる。
槍は蕾が開くように展開しローターブレードと光刃を咲かせた。
「テンペストガバナー」

地上側の控室から出たエドは2階層の電気街にいた。
試合の中継映像が到る所で流れている。
速度特化形態になったグレイホークならどんな機体にでも追い付ける。
しかし、追い抜かさないといけないため進行妨害や火力を兼ね備えた機体との相性は悪い。
ライザの動きも機体の損傷を避けるようにしているようで固く、このままだと敗北は明白だった。
じりじりと時間だけが過ぎていく。
エドは通信を繋ぐと一言だけ言った。
「壊れても直す」

ライザは知っている。
エドがこの機体を毎日欠かさず整備している事。愛着と自信を持っている事。
そこにこの短い通信。
理解する。夢を行動に移すときに伴うもの、傷ついても進む覚悟を。
眼の前の相手もそう。戦う姿勢を見せている。
では自分は? 胸の中で欠けていたものが鮮明になる。
ライザはブレードに左腕を巻き込ませた。
「骨を断つ」

衝撃も痛みも無視する。
ヴィクトリアの放ったカウンターの左拳が顔面に炸裂する。
視界が歪んだ。おそらく装甲も。
しかし、ここで距離を取るわけにはいかない。
ライザの狙いは一瞬の隙をついた致命の一撃。
その意図にヴィクトリアに勘づく。
「……ッ胸部中枢ユニットか!」
伸ばす右腕が膝蹴りを受けて粉砕される。
「砕けろ」

強烈な一撃を喰らった右腕は、力無くコツンと胸部装甲に触れただけだった。
既にライザの視界の半分は失われ、両腕は感覚がない。
しかし、闘志は衰えてない。
辛うじて神経が繋がっている右腕に力を籠めていく。
「……私は何も持ってない。夢も、もう叶ったし。でも、この勝利は」
インディゴドラグーンの胸部装甲が悲鳴をあげる。
「奪い取る」

胸部中枢ユニットを破壊されことで緊急安全装置が働いた。
その結果mヴィクトリアは空中に取り残され、ライザは第2ステージを辛勝した。
夕暮れ時、地上に降りたヴィクトリアはわかった。
ライザの針の穴を通すような精密さと極限の集中力の出所。
彼女の強さは、彼女の全ての技能をこの競技につぎ込んだ結果なのだと。
いうなれば後天的な天才だ。
ただし、その代償はそれ以外の能力は全て子供レベルということ。
生きるために必要な生活能力ですら。
「……姉さん」
ヴィクトリアは医療室でその光景をみて口を閉ざした。
エドに身体を預けているライザは全力を出しきった姿をしていた。
「生きてるよ」
