
Episode.01
「Hot Limit」
あれから一週間。いよいよレース開始日だ。
現在地は地上から2000㎞。低軌道ステーション。
カタパルトで今日の対戦相手のレイラが気さくに話しかけてきた。
「ねぇそこのカフェオレさん?」
ライザは自分の事を指さすとレイラは頷いてから続ける。
「あたしの夢は自分とこの会社の発展だけどあんたの夢は?」
他愛ない話題だが、このレースにおいては己に課すものでもある。
唐突に落下シーケンスのブザーが鳴り響いて会話は中断される。
「……っとそろそろだし勝ったあとで聞くよ」
ライザは独り言をつぶやく。
「自分の夢、か」

ゲートが開き、空気が黒い世界へと消えていく。
不思議とそこに不安はなく、むしろ高揚感があった。
ザザッと一瞬のノイズの後に個人通信が繋がる。
「ライザ、聞こえているか?気負わず自分のやれることをやってこい」
控室にいるエドからの声にライザは今自分のすべきことに集中する。
「ASG-SB0030 グレイホーク……、」
ランプが青になりカタパルトの初動を感じた。
「降下開始!」

降下中、ライザは2日前の最下層のカジノでの出来事を思い出していた。
出かける前にエドは機体の修理費や二人分になった生活費などの補填のためだと言っていた。
でも、本当のところは張りつめすぎた緊張の糸を緩ませるのが目的だったのかもとも思う。
賭けは常に勝ちだけがあるわけじゃないのだから。
「大人と一緒にくるようにな」

中に入りしばらくすると同業者らしき人物に声をかけられた。
「ようエド、猫車に芋を乗せるんだってな?」
見るからにいけすかない人間だった。
「2日後の試合、俺はレイラの勝ちに全額賭けるぜ」
手に持つ端末で満足そうに予想スペック表を表示させる。
「カスタムされた軍用機だとよ、てめえがいくら凄腕でも廃品じゃ勝てねえよ」
下卑た笑顔をする同業者に対して、エドは熱くも冷たくもないトーンで返す。
「いいだろう、なら俺はコイツに背骨を賭ける」
堂々としたその一言に対してが周囲から声が上がる。
そしてそれとは違う温かい声でライザに話しかける。
「まずは俺がお前を信じてやるさ」

衝撃層を抜ける。
レイラは周囲に対戦相手がいない事に納得した。
機体は最新エンジンを積んだ現行主流機のカスタムタイプ。
一瞬で最高速度に到達する傑作機だ。
衛星とのデータリンクが完了し、今回のコースが視界に重なる。
余裕と限りない青の世界を堪能する。ここはいつも見上げた高い空、それ自体。しがらみもない自由な場所。
ふと眼下の着地地点が目に入る。
「暑いばっかの街は憂鬱ね」

レイラの本職は運送業だ。
笑顔を文字通り手渡せる、そんな最高の職業だと思っている。
しかし、軌道エレベーターの存在により改革を強いられている職のひとつ。
衰退し続ける現状への確実で有効な打開策は市場の制御権の入手だった。
一民間人がそれを手にするのは不可能なのだが、可能にできる機会が目の前に現れた。
そのためには機体への出費は惜しまなかった。
しかし、その万全に影が差す。引き離したと思っていた灰色の鳥が姿を現した。
秘匿通信が繋がる。
「見つけた」

低軌道ステーションにあるバーにエドはいた。
「何やら盛り上がっているようですね?」
バーテンダーが店内のモニターをちらと見たようだ。
中継モニターの前には人だかりが出来ている。
ライザの視界が映されていて、相手との差を急激に詰めていた。
しかし、エドは一瞥もしない。
映像など見なくとも音でわかる。
快調なエンジン音と風切り音、そして一瞬聞えた隠し味のびりっとした音。
「うまいカクテルだ」

レイラは理解できなかった。
視界にもレーダーにも消えていた奴が眼の前にいる。
勝てると踏んだ大会が第1ステージで躓きかけている。
反射的に武装を展開しようとしたが、止まる。
相手を傷つけて勝ったとして、そんな手で誰かに笑顔を届けられるのだろうか。
そんな心の迷いにライザの機体グレイホークが姿で答える。空を飛ぶためだけの美しい流線形だった。
「カフェオレ、あんた……!」
「さっきの!」
余裕のない声が聞こえる。
「私の夢は自分の過去を知ること。このままだと何で生まれたかわからない、だから……」
短い会話だったがそれだけで十分だった。
「負けられない」

トーナメントの第1ステージはライザの勝利という形で終了した。
アースガルドの街はそれを祝うかのようなお祭り騒ぎをしている。
晴れやかな騒音。
人の賑わう所ではジョッキがぶつかる音もする。
到る所に設置されているスピーカーからは実況と解説者の感想と今後の予定が流れている。
逆転の方法は何だったのか、第2ステージの日程はいつからだ、など。
しかし、まずは第1ステージ終了ということを記念していた。
「今日はお祭りだ」

第5区画エアポート。
そこは今回ライザ達の着地地点となった場所。
このレースのコースは毎回ランダムのため、選ばれた区画の住人はここぞとばかりに出店などを開く。
ひしめく様に並んでいる屋台たち。このバカ騒ぎは夜まで続くのだろう。
そんな熱狂の中で、正反対な静かな声が短く交わされた。
「あいつ、もしかして私の……どう思う?」
「お嬢。そのようで。……会われるのは?」
「勿論、楽しみだわ」

その頃ライザはベッドで久々の睡眠をとっていた。
試合を終え、その足で出店を満喫。
いくら眠る必要のないシンカーといえどかなり疲労が蓄積していた。
心地よい微睡みを味わっていたが、唐突なチャイム音に意識が現実に引き戻される。
「なんなの、こんな時間に」

玄関をあけるとレイラが待っていた。
本業の運送屋の服を着て、もう仕事に戻っていた。
「……レイラってもしかして日本人?」
「ははは、違う違う。サボってた分忙しいのよカフェオレさん」
やけに重そうな荷物だった。
「お届け物だよ」

レイラは帽子を深くかぶる。
「今日は楽しかったよ」
「うん」
「私、やりたい事とやるべき事を間違えちゃったみたい」
「……うん」
「夢っていうのはやりたい事の方のはずなのにね」
「……うん」
「私に勝ったんだから、絶対優勝しな?」
受け取った荷物から確かな重さが伝わった。
「…………うん!」

時刻は24時をまわる。
エドは機体のメンテナンスを終え珈琲を淹れていた。
ソファーで爆睡しているライザを見つけると、机の上に置いてあるモノに目がとまる。
不思議な加工をされた長方形の箱。しかし、どこかで見たような気もする。
「……。」
心のどこかにつかえを感じるが、それよりもまずは毛布をかけ直す。
「おやすみ」
