
Episode.04
「Virgin's high」
「夢?ねぇよな?ヌアージュ」
「気持ち良ければ私はなんでもいいよ、ノイル」
低軌道ステーションに役者が揃う。
「あ。運営にそう言ったら勝手に夢が決まってたの面白かったねー」
「あれマジうけたわ。あんなん願ってねぇっての」
数日後に控えた第4ステージ、つまり決勝戦。
チームレイヴンの2人が眼の前にいる。
スリルを求め、ただ速く飛べればいいという、快楽主義者たちだった。
「ねぇ、何買ったの?」

近くのカフェに入る。
この集まりは偶然の産物。買い出しと散歩が引き合わせた出会い。
しかし、相手は今まで表に顔を出さない人物だったが話しかけてきた。
それもそうだろう、ここに一躍の有名人がここにいる。
有名になったのは決勝まで勝ち進んできたからではない、むしろその途中経過。
「というかこの前の試合、子猫ちゃんは公開回線のままなの本当に気がつかなかったの?」
あのあの、などと弁解するライザ。
そうなのだ。あの試合の音声は全て中継映像にのっていた。
思い出そうものなら壁に頭を打ち付けたくなるような、あのド直球な告白も。
「あついねぇ」

同刻。
第3階層にあるバー『クヴァシル』。
「で?なんて返事したんだよエド」
こちらも同様に絡まれていた。
よく知った顔のフライズはエドを小突く。
「何も」
お調子者と化したフライズにエドは軽くあしらう様に返す。
「ライザとの関係はビジネスパートナーだ」
自分は好意を寄せられていい人間じゃない、とエドは心中で付け加えた。
「つめたいねぇ」

「で、子猫ちゃんは彼のどこが好きなの?」
ヌアージュに詰め寄られ、白状する。
「迷ったらリードしてくれたり、優しいとこ、とか……です」
もはやライザは自分でも何を言わされてるのかわからなくなっていた。
頭の上に噴火してる火山でもあるのかと錯覚する。
惚気話にノイルはニヤつく。
「で、そんなアンタらの夢は?これだけデカイことしてまさかハワイ旅行です、なんて言わねぇよな」
その言葉にライザは一度目を閉じてから真剣眼差しで答えた。
「最速になること」

一瞬、場が静まる。
「最速たぁ言ってもこの大会、レコードつけてねぇぞ」
「コースだって毎回ランダムで距離も違うしね」
ライザも言われて矛盾に気がつく。
「なるほどなぁ。訳アリってことか。OK、深入りはしないぜ。帰るぞヌアージュ」
「はーい、子猫ちゃんもばいばーい」
何かを察して散歩に戻る2人の背中はすぐ見えなくなった。
思いを寄せた人の一面しか見てなかった自分に呆れて思わずため息が漏れた。
「何してんだろ」

薄暗い照明の下、フライズのひとつの問いがエドにとぶ。
「なぁエド。お前の本当の夢は?」
技術者エドは過去に大量破壊兵器を建造した。
だが、技術自体には善悪はない。
本当はその技術で誰かを幸せにしたかった。
「……たいした夢じゃない」
以前は兵器になってしまったが今度こそ、と再びこの地でそれを目指した。
だが、その対象に何も教えずに騙すような形で利用した事が引っかかっていた。
それに、ひとりの人を対象という言葉で表現してしまう自分自身にも。
「怪我もさせたしな」

試合当日。
「棄権しよう」
「ダメ」
「機体が万全ではない、それに俺はライザを騙していた」
「関係ない」
「地上で残りの時間を大事にしないか?」
即答の連続だったライザに一瞬の間があった。
「……エドの夢、私だってあれが嘘なことくらいわかる」
その精悍な眼差しの裏には悲哀と含羞が入っているようにみえる。
「なら何故?」
「これは、私が、エドのことが好きだっていう証明だから」
ライザは顔から火が出るのを堪えながら言い切った。
「いってくる!」

決勝戦が始まる。
シグナルがゴーサインを告げ、無限に続く闇の世界にダイブする。
そこでそれは待っていた。
「聞いて子猫ちゃん!今回の夢決まったの」
名実ともの最速。
幾度、仮想戦闘をしてもこちらの勝率は0%。
絶望を形にした存在は朗らかに言う。
「勝ったらね、エドをもらうことにした!」
その言葉端に悪意は感じないが、まごう事のない災厄。
「世界初の人間がシンカーになった例なんだって!欲しくなっちゃった」
そして、ライザにとっての最悪。
「よろしくね」

彼女の機体ブラッククイーンはこちらの機体を見るなりどうぞとジェスチャーをする。
先行を譲る、それだけ余裕があるのだろう。
それを見るなりライザは躊躇なく機体を全加速させる。ピリピリとした重圧が装甲を貫通してくる。
高度計は感情と同期しているかのような速さで動いていた。
不意に後ろから彼女の声が響く。
「はーい、皆!きれいでしょ!ここはオーロラが発生する高度」
公開回線にしてツアー配信を始めていた。
「カーマンライン」

大気の中を突き進むときも背後の声は途切れなかった。
「よく見ててね、この時間は一瞬だけ太陽が緑色になるんだよ!……っと」
着地点が見え始めると黒い影は全開加速しているライザを難なく追い抜き、前に躍り出る。
「はい!受け止めたげる」
ライザの機体、グレイホークの状況を把握しているようだった。
「…do want to do?」

勝率0%の理由。
それは単純に速度で勝てない事。
策は更なる軽量化しかない事。
グレイホークは既に軽量化しているため、外せるのは生命維持か減速系だけ。
後者を選ばざるを得ないが、それは運良くリードしても減速区間が長くなるため逆転されるという事。
彼女はそれを見抜き、わかりきってる退屈をツアーに変えたかったのだろう。
「I got!」

加速を止めない。
黒い鳥に身体は預けない。
勝率0%、その計算は勝敗に係らず生存が前提。
その前提が異なれば結果も異なる。
ライザは一着で地面に触れた。
水切り石のように跳ね、たちまち身体機能が破壊される。
だが悪い事ばかりではない。
苦痛は長く続かなかったし、今際の際に空にいる黒い鳥が見れた。
それは彼と彼の夢を守れたということ。
それが、何より嬉しかった。
HUDに文字が浮かぶが、見る者は誰もいなかった。
《Operation Final Destination......Completed》
